安田講堂杯に観戦に行った。

  • 大会のコンテンツ

即興Speechは新しいSpeechの楽しみ方を教えてもらった気がします。
でも時間短いんじゃないかなあ、と思ったのであります。

  • 学生VS社会人

新しい試み。
刺激を与え合う、というのは非常に良い試みだと思いました。
しかし、疑問点が浮上。
Speechは誰に伝わって十分なのか?
Judgeは社会人だから、社会人に伝わって十分?
学生がAudienceにいるならば、学生に伝わって十分?

評価基準って何であるべきなのだろうか?と疑問を抱いた。
いくらJointを開いても、いくらLectureを開いても、学生同士で意見をぶつけているだけで社会人に評価を得ることができるのだろうかって、思ったのです。


社会人はE.S.S.に関わるべきか?
そう、ここが疑問。


DiscussionのTable Leaderは学生が多いです。
DebateのJudgeは半分ずつぐらい。
Dramaは社会人がJudge…では?というか一般的にはJudgeという考え方がない活動かもしれない。

社会人は関わるべきだ。
何故なら学生は社会に出る準備期間だから、社会人の視点を持っているべきなのである。


でも、関わり方を考えたほうがよいと思う。
具体的にならないけれど、そう思う。

  • Speech

印象に残るSpeakerがPrizeを総なめってのにあれれ、という疑問が。
Logicalな要素がなくてもいいのかな。
Solutionが具体的じゃないのにいいのかな。
英語が第一言語でないものがSpeechを聞いて、Judgeしてよいのだろうか。
それは正当な評価なの?
てか、正当って何?

  • まとめ

観戦に行って、考えなきゃいけないことがたくさん出てきた。
最大限の人たちにMeritを与えたいとは思うが、果たしていかにしていくか。
まあ、でも、K.E.S.S.は外を見て学ばないといかんのじゃないか、とやはり思ってしまう一日でした。

ぐろっち遠征のことを書いておこう。

  • ぐろっち遠征とは

E.S.S.の魅力を知るための行動をすること。
(Innerの活動は省く)


  • Debate

・春の二人制Debate
 自団体の四年生がウヨウヨしていたことに驚きを覚えた。
 貢献って何だろうと考えた。
 川合が泣いた。


・SEED
 二年生が頑張ってた。
 Homeという組織とSectionという組織ではないものに対する難しいものを感じた。 


・JIDM
 優勝する瞬間を見た。
 嬉しかった。
 佐々木さんのAddressが素敵だった。
 四年目の自分を考えた。
 ただ漠然としたものにしかならなかった。
 岡野さん、西山さん、明日香さん、たくさんの四年生が駆けつけてくれる事実。


・KAEDE
 二年生が頑張ってた。
 川浪さんが他大学を教育をしていた。
 どういう心境かを知れたのは最近。
 自分の四年目に影響を与える人になった。


・All Japan
 大西のDebateを初めて見た。
 活躍。
 そんな言葉が頭の中を駆け巡るようになった。


  • Discussion

・Theoryの理解
 慶應Styleは絶対理解したかった。
 安田さん、小原さん、原さんに助けてもらった。
 でも、理解するのに必要な要素は他大学のTheoryだった。 
 意図を感じることと理解することは違う。


・過去のData集め
 最近とは勝手が違う。
 人が違うのだから、Needsが違うのは当たり前。
 その違いが可能性になった。


  • Drama

・ひとつだ春公演
 Qualityの高さに引いた。
 Dramaってこういうものなのかという衝撃。
 自Sectionへの傾倒が理想なのか、という葛藤。


  • Guide

・UTとJoint
 馬鹿みたいに楽しかった。
 英語を喋る楽しさを再確認した。


・個人的Guide
 1人でGuideに挑戦した。
 案外うまくいった。
 でも経験は1人じゃ寂しい。


  • Speech

・天野杯
 運営を学んだ。
 他人の振り見て我が振り直せと言いますし。
 福澤杯前によい感覚を掴んだ。


・水上遼子杯
 一年生の時観戦した大会。
 亀谷も一年生の時いた。
 節目の場を見れた気がした。


・Golden Cup
 Speakerと言うより、運営を観にいった。
 関本さんが熱かった。
 こういう人材を生み出せる人になりたくなった。


  • Parliamentary Debate

・他大学の友人にやらせてもらった
 意見創造とも違う魅力は感じた。
 ただ、難しかった。


・他大学の友人にやらせてもらった
 意見交換。
 それだけ。
 だけど、Noon活動とは違う魅力。


  • その他

・100年史と会誌
 113年は理解し難い。
 だけど理解する努力は忘れてはいけない。


・他大学分析
 自大学の良さを知るために書き留めた。
 他大学の良さも知れた。
 伝統の大切さも学んだ。
 変革の必要性も学んだ。


・Circuit Speech
 実際したことはないけれど、Researchした。


  • まとめ

自分のやっていることを、何かと比較しないで肯定することはできない。
なので、今年度は主にE.S.S.界で認知度の高いSectionに関しては何らかの形で関わりました。


他Sectionから見たら、中途半端な関わりで何が分かるもんか、と思うかも知れません。
関わるのと関わらないのでは大きな差です。
Section自体を知らないまま、引退をしていく人も多々いるのですから。


このような行動に出た理由は、きっとK.E.S.S.に自信を持てていなかったからです。
企画というUniquenessを放棄してしまったからこそ、自信を持てなかったのです。


去年の今頃の私は井の中の蛙でした。
そんな自分を変える為にも、今年のK.E.S.S.がどのE.S.S.よりも良かったと確信を得るための行動。
結果、残念ながら、全てにおいて確信は得られなかったです。
しかし、どの団体にも負けないと思える点は見つけることができました。
そのUniquenessは守るべきものではないか、と感じます。
弱味から強味を得ることができた、と言えます。



来年もぐろっち遠征は続きます。

KEIO OPEN DISCUSSION2006でした。

  • 懐古

役職者紹介できてない時点で書く意味ないので今年のことはまた来年。
去年、あの場で、とてもとても補佐が欲しいと感じた。
怒らせた人もいた。
あの頃の自分と今の自分。
変わったな。

  • 主観と客観

誇りに思える人。
誇りとは、名誉なこと。
名誉とは、価値があると認められること。
つまり、“客観的”に評価に値する人だと“主観的”に認めている存在。
そういう存在が後輩にいるのは心強いものです。

  • まとめ

誰からの誇りでありたいかが違うだけ。

清談会でした。

  • OB・OG

来て頂けるOB・OGが少ないのは何故か考えた。
もし私がその立場だったら、自分の知っている代が現役でなくなったら来ないと思います。
行くとしても、現役時代の知り合いが一緒にいないと辛いです。
まあ、そんなこと言っていられないので改革が必要かと思われます。

  • 理解

誰しも自分の状況が分かって欲しいと望むのではないでしょうか。
何か話す際に、自分の状況を語らない人はいないと思います。
自分の状況を話すというのは、自分を理解して欲しいという気持ち。
何故理解して欲しいか、その目的が大切。

  • まとめ

挟み撃ちには弱い。

Last Homeと納会でした

  • Last Home

Home内Farewellというものがありました。
二年生が14人ぐらいいて、驚いた。
去年はせいぜい6、7人でした。
あら、大きくなったもんだ、と若干浸りました。
色紙の嵐ですね。
来年もこの人数がそのままHomeに来てくれることを祈ります。
本当にそう思います。

  • 納会

来年の今頃は今の悩みごとが笑い話になります。
真剣に悩むことも大切だけれど、1人では悩まないで欲しいです。
仲間と悩みを話せば、道も見えてくるはず。

  • まとめ

責任は自分が四年生の時の一年生までだと感じた。

日吉の競技場で昼ご飯を食べてたら、烏に襲撃されました。
食物連鎖の怖さを教えてやりたいものです。

  • 自分の次年度

次年度挑戦する場を決めました。
方向性が定まるのは気持ちが良いものです。
たくさんのやるべきことが心地良いと思うあたり、変態ですかね。
とりあえず、すっきり生きて行けそうです。

  • K.E.S.S.の次年度

Innerの次年度はあまり方向性が見えません。
Positiveな話をすべきなのにね。
たくさん原因はあります。
でも、覚悟が出来ない・させられないのが一番の原因ではないでしょうか。
何もできなくなるのは、正直な話ドンマイです。
それは自己責任と呼んでもいいでしょう。
でも、組織故に、何もさせてあげることができなくなる状況が生まれます。
きっと現状でも生まれています。
そんな恐怖を二年生は感じないのかな、と任期終了が見えない私はよく思うわけです。
感じている人。
感じていない人。
感じていない振りをする人。
感じていても自分ではないと思っている人。
自分だと分かっていても行動できない人。


でも、結局評価されるのは行動者だと思います。(どんな行動するかが大事だけれど)
傍観者じゃ存在意義がないんです。
傍観者が客観的であるということではないんです。
ただいることで存在意義があるということではないんです。


守りたいものさえ守れなくなって後悔する姿は見たくないですね。
理想郷に旅立てるのはいつの日かね。